頭痛が少し落ち着き始めた頃、私は少しずつ散歩をするようになりました。
それまでは家で横になっていることが多く、外へ出る気力もありませんでした。
娘が巣立ってから、私は想像以上の寂しさを感じていました。
息子は同居しています。
決して一人暮らしではありません。
それなのに、家の中が妙に静かに感じるのです。
夕飯の支度をしていても、
テレビを見ていても、
ふと娘のことを思い出していました。
「今ごろ何してるかな。」
そんなことばかり考えていました。
娘が家にいた頃、私はいつも娘のことを心配していました。
「今日は体調どうかな。」
「ちゃんとご飯食べてるかな。」
「お薬飲んだかな。」
娘が笑っていると私も嬉しい。
娘がしんどそうだと私も苦しい。
そんな毎日でした。
正直に言うと、少し疲れていた時もありました。
休職中は娘と四六時中一緒に過ごしていたので、
時には「少し一人になりたいな」と思うこともありました。
でも不思議なことに、娘が巣立ってからも心配はなくなりませんでした。
今度は目の前に娘がいないのです。
「ちゃんとお薬飲んでるかな。」
「気持ちは落ち着いてるかな。」
「しんどい思いをしていないかな。」
姿が見えない分、あれこれ想像してしまうのです。
今思うと、私は娘のことを心配することが日常になっていたのかもしれません。
だから娘が巣立った後、
寂しさだけでなく、自分の気持ちの置き場所が分からなくなっていたのだと思います。
娘がいなくなったというより、
娘を気にかけ、心配し、見守ることが私の日課になっていた。
その時間が突然なくなったことで、
心にぽっかり穴が空いたような感覚になったのかもしれません。
福岡へ会いに行き、元気な姿を見て安心したはずなのに、
帰ってくるとまた寂しくなってしまう。
自分でも不思議でした。
そんなある日、本屋さんへ立ち寄った時に一冊の本が目に入りました。
『ほどよく孤独に生きてみる』
という本です。
私は思わず立ち止まりました。
「孤独」
という言葉が胸に刺さったのです。
正直に言うと、私は孤独という言葉が少し苦手でした。
主人を亡くした時も孤独を感じました。
娘が巣立った今も、どこか似たような寂しさを感じています。
だからこそ、この本を手に取ったのかもしれません。
本の帯には、
「人間関係は、なければ寂しく、あれば煩わしいものですね。」
と書かれていました。
思わず、
「ほんまにそうやな。」
と笑ってしまいました。
娘が家にいた頃は心配していました。
時には疲れたと感じることもありました。
それなのに巣立ったら今度は寂しい。
人って勝手なものですね。笑
でも、それが親というものなのかもしれません。
今、私はリビングのソファで一人読書をしています。
数ヶ月前の私なら考えられなかったことです。
孤独は寂しいものだと思っていました。
でも、この本を読みながら少し考え方が変わってきています。
孤独とは、自分と向き合う時間なのかもしれない。
自分の心の声を聞く時間なのかもしれない。
主人を亡くしてからは子育てに必死でした。
父親の役目も母親の役目も、私なりに精一杯やってきたつもりです。
気がつけば、誰かのために生きることが当たり前になっていました。
だから最近になって気づいたのです。
私は「自由」という感覚を忘れていたのかもしれない、と。
本を読んでもいい。
散歩をしてもいい。
花を眺めてもいい。
そんな時間が、今の私にはとても新鮮です。
もし今、何かの事情で寂しさを抱えている方がいたら伝えたいです。
焦らなくて大丈夫。
無理に元気にならなくても大丈夫。
私もまだ途中です。
でも、これからは少しずつ自分の人生も楽しんでみようと思っています🌷