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  • 【第3回】3段目で気づいた…大きな穴!😂

    こんにちは、Belle Shionです🌷

    今日はビーズがま口作り、第3回目です。

    「少しずつ慣れてきたかな?」

    なんて思っていたら…

    大きな穴を発見!😂

    「えっ、どこで間違えたんやろ?」

    動画を見返しても、初心者の私にはまだ分からない…。

    結局、思い切ってほどいて、最初からやり直すことにしました。

    正直、「またかぁ…」とも思いました。

    でも、不思議なんです。

    パールビーズを一粒ずつ見ているだけで、なんだか癒されるんですよね😊

    作業はゆっくり。

    完成までは、まだまだ遠い気がします。

    でも、この「少しずつできるようになる時間」も、今しか味わえない楽しさなのかもしれません。

    しかも、今回使っている材料は、ほとんどセリアで揃えました。

    100円ショップで、こんな素敵なハンドメイドが始められるなんて、本当に驚きです✨

    失敗も含めて、これからもリアルな挑戦を記録していこうと思います。

    完成まで、温かく見守っていただけたら嬉しいです🌷


    最後に一言

    💬 皆さんは最近、「やり直したけど、結果的によかったな」と思えたことはありますか?😊

    コメントで教えていただけると嬉しいです🌷

  • 🌷【第2回】3回やり直して、やっと2段目まで。50代の小さな挑戦

    こんにちは。
    Belle Shionです🌷

    今日は、ビーズがま口作りの続きをしました。

    「今日は少し進められるかな。」

    そんな気持ちで始めたものの…

    思っていた以上に難しい(笑)

    動画を何度も巻き戻しては、

    「えっ?今どこにテグスを通したん?」

    と画面を止めて確認。

    途中で間違えてしまい、3回もやり直しました。

    気づけば、今日は約1時間半

    それでも、やっと2段目まで編むことができました。

    まだテグスの緩みが少し気になります。

    「もっときれいにできたらな。」

    そんな気持ちもありますが、初めて作るものだからこそ、少しずつ覚えていけばいいかなと思っています。

    若い頃の私は、

    「うまくできない。」

    それだけで諦めてしまうこともありました。

    でも50代になった今は、

    できることよりも、続けてみること。

    そのほうが大切なのかもしれません。

    完成まで、あと何日かかるのかな(笑)

    でも、その時間も楽しみながら、一歩ずつ進めていこうと思います。

    今回改めて感じたのは、**「挑戦することに遅すぎることはない」**ということ。

    少しずつでも昨日の自分より前に進めたら、それだけで十分。

    この小さな積み重ねが、きっと自信につながっていくんだと思います。


    🌷今日の小さな挑戦

    ・動画を何度も巻き戻しながら挑戦🎥

    ・3回やり直しても諦めなかった。

    ・1時間半かけて、やっと2段目まで完成。

    ・昨日の自分より、少しだけ前に進めた一日でした。


    皆さんは、最近「少しずつでも前に進めた」と思えたことはありますか?😊🌷

    よかったら、皆さんの小さな挑戦も教えていただけると嬉しいです。


  • 【第1回】セリアで揃えて、ビーズのがま口に初挑戦👛🌷

    こんにちは。
    Belle Shionです🌷

    今日は、ずっとやってみたかったことに、一歩踏み出しました。

    それは…

    ビーズのがま口作り。

    動画を見るたびに、

    「素敵やな。」
    「私も作ってみたいな。」

    そう思いながら、なかなか始められずにいました。

    やりたい気持ちはあるのに、
    考え事をしてしまったり、用事が入ったり…。

    気が付けば、一日が終わってしまうこともよくあります。

    でも今回は、

    「まずは材料だけでも揃えてみよう!」

    そう思って、セリアへ行ってきました😊

    がま口の口金、パールビーズ、テグス。

    必要なものを一つずつ揃えているだけで、なんだかワクワクしてきました。

    そして今日は、Instagramやブログ用の写真も撮影してみました📷

    実は写真を撮るだけでも、

    「これでいいかな?」
    「明るさはどうかな?」

    と、初めてのことばかり。

    でも、そんな時間も楽しく感じられました。

    そして、思わず笑ってしまったことが一つ。

    老眼鏡🤓を買っていて本当によかった(笑)。

    ビーズの穴が思っていた以上に小さくて、

    「これは老眼鏡がないと無理や〜😂」

    と、一人で笑ってしまいました。

    50代になると、こんなことも増えますね。

    でも、それも含めて楽しめたらいいなと思っています。

    これからは動画を見ながら、少しずつ作っていく予定です。

    完成するかどうかは、まだ分かりません。

    途中で失敗するかもしれません。

    でも、それも全部、このブログに残していこうと思います。

    完璧じゃなくていい。

    完成させることよりも、

    「まず始めること。」

    今の私には、それが一番大切なんだと感じています。

    50代からの小さな挑戦。

    焦らず、自分のペースで。

    一歩ずつ楽しみながら進んでいけたらいいなと思っています🌷

    もし同じように、

    「やってみたいけど、なかなか始められない。」

    そんなことがあったら…

    一緒に挑戦してみませんか?🌷

    皆さんは、新しいことを始める時、どんなふうに気持ちを切り替えていますか?

    よかったら、コメントで教えていただけると嬉しいです😊

  • 挑戦したいのに、なかなか始められないよ🌷

    ずっと作ってみたいと思っているものがあります。

    それは、ビーズのがま口👛

    動画を見るたびに、

    「素敵やな。」
    「私も作ってみたいな。」

    そう思うのに、なかなか最初の一歩が踏み出せません。

    「今日はやろう。」

    そう思った日に限って、用事が入ったり、家族のことで考え込んだり…。

    気が付けば、一日が終わってしまうこともあります。

    「また今日も始められなかった。」

    そんな日もありました。

    そんな自分を変えたくて、前の晩にメモ帳を開いて、明日やることを書き出してみました。

    アウトプットっていうのかな。

    頭の中を少し外に出すだけで、忘れ防止にもなるし、なんだか気持ちも軽くなる気がして。

    よし!今日は実行日。

    小さくてもいいから、始めてみようと思います。

    でも正直なところ、書いたからといってすぐに動けるわけでもなくて、

    「ほんまにできるかな…」

    と、ちょっと弱気な自分もいます。

    そんな気持ちも、これからはブログにそのまま綴っていきたいなと思っています。

    かっこつけずに、ありのままの自分で。

    今日、ビーズに少しだけ触ってみました。

    その瞬間、

    「やっぱりやってみたい。」

    そんな気持ちがふわっと湧いてきたんです。

    完成させることよりも、まずは始めること。

    今の私には、それが一番大切なのかもしれません。

    50代からの挑戦だから、焦らず一歩ずつ。

    失敗してもいい。

    続かなくてもいい。

    その中で、

    「これ楽しいな。」

    「これ好きやな。」

    そんなものを見つけていけたら、それで十分。

    もう一度、自分の人生を楽しみながら過ごしていきたいと思っています。

    気取らず、肩の力を抜いて。

    そんな毎日を、これからも少しずつ綴っていけたら嬉しいです🌷

    皆さんも、

    「やりたいのに、なかなか始められない。」

    そんなことはありませんか?

    もしよかったら、皆さんの「最初の一歩」や、気持ちの切り替え方も教えてください🌷

  • 老眼鏡を買う日がきました🌷

    MacBook Airを購入した頃、もう一つ「そろそろ必要かも」と思ったものがありました。

    それは老眼鏡です🤓

    50歳になった私。

    昔から視力だけは良くて、眼鏡とは無縁の人生でした。

    だから、自分が老眼鏡を作る日が来るなんて想像もしていなかったんです。

    でも最近、

    「あれ?」

    「あれれ?」

    と思うことが増えてきました。

    スマホの文字が見えにくい。

    本の文字がぼやける。

    パソコンを見ていると目が疲れる。

    最初は気のせいだと思っていたけれど、どうやら違いました。笑

    しっかり歳を重ねていたんですね。

    少しショックでした。

    若い頃は当たり前に見えていたものが、当たり前ではなくなっていたからです。

    でも考えてみれば、50年間ずっと頑張ってくれた目。

    そう思うと、不思議と感謝の気持ちも湧いてきました。

    MacBook Airでブログを書きたい。

    これからも本を読みたい。

    だから思い切って眼科へ行き、老眼鏡を作ることにしました。

    そして眼科で視力検査を受け、度数を測ってもらいました。

    その足で眼鏡屋さんへ向かいました。

    本当は買い物が大好きな私ですが、この日ばかりは少し複雑な気持ちでした。

    老眼鏡を選ぶことが、「歳を重ねた自分」を認めるような気がしていたのかもしれません。

    だから可愛さや流行よりも、

    かけ心地。

    コスパ。

    そして色。

    そんなことばかり見ていました。

    驚くほど現実的ですよね。笑

    そうして選んだのが、この老眼鏡です。

    最初は「とうとう私も老眼鏡かぁ」と少し寂しい気持ちの方が大きかった気がします。

    でも実際に老眼鏡をかけて本を開いた時、

    「あ、見える。」

    と思わず笑ってしまいました。

    見えるって、こんなに楽やったんですね。笑

    今では本を読む時も、ブログを書く時も、私を助けてくれる大切な相棒です。

    きっとこの記事を読んでくださっている方の中にも、

    「最近、文字が見えにくくなったな。」

    「そろそろ老眼鏡かな。」

    そんなふうに感じている方がいるかもしれません。

    正直、少し切ないですよね。

    私もそうでした。

    でも老眼鏡は、できなくなったことの証ではなく、これからも好きなことを続けるための道具なんだなと今は思います。

    歳を重ねることは少し寂しい。

    でも、そのおかげで見える景色もある。

    そんなことを感じた、私の老眼鏡デビューの日でした🌷

    そして今では、本を読む時も、ブログを書く時も、私を助けてくれる大切な相棒です。

    これが、私の相棒です🤓🌷

  • MacBook Airを買った理由 🌷

    実は私、昔からパソコンに憧れがありました。

    子育て中の頃、家にはMicrosoftのパソコンがありました。

    でも使い方はほとんど分かりません。

    それでも気になって、思い切ってパソコン教室へ通ったことがあります。

    今思うと、自分でも何がしたかったのかよく分かりません。笑

    ただ、パソコンをカタカタと打ちながら仕事をしている人が格好良く見えたのです。

    そんな私に子どもたちは、

    「お母さん、何がしたいん?」

    「したいことないのに習っても意味ないやん。」

    と、なかなかの塩対応でした。笑

    私は負けじと、

    「検索とかできるやん!」

    と反論していました。

    でも今思うと、子どもたちの言うことも少し当たっていたのかもしれません。

    当時の私は、パソコンで何かがしたいというより、

    ただ何か新しいことに挑戦してみたかったのだと思います。

    少しタイピングの練習をしたり、

    YouTubeを見たりもしました。

    でも続きませんでした。

    家事をして、

    仕事をして、

    子どもたちのことを考える。

    少し時間ができても、

    洗濯物が気になり、

    台所が気になり、

    結局、自分のことは後回し。

    きっと同じような経験をしたお母さんも多いのではないでしょうか。

    やりたいことはある。

    でも、自分の時間がない。

    気がつけば一日が終わっている。

    そんな毎日でした。

    そして何年も経った今、

    私はMacBook Airを買いました。

    娘が巣立ち、

    息子も大人になり、

    ようやく少しだけ自分の時間を持てるようになりました。

    そして今、私はブログを書いています。

    あの頃は何がしたいのか分からなかった私が、

    自分の人生を言葉にしているのです。

    遠回りしたようにも思います。

    でも、あの時の小さな憧れは消えていませんでした。

    50代になった今、

    ようやく私は自分のためにパソコンを開いています。

    遅かったのかもしれません。

    でも私は思うのです。

    人生に遅すぎることなんてないのかもしれない、と🌷

  • 50代から、自分を大切にする練習 🌷

    最近になって思うのです。

    私は少しずつ、自分の気持ちに素直になれているのかもしれない、と。

    娘が巣立ち、

    頭痛で立ち止まる時間ができました。

    その時間は寂しくもありましたが、自分自身と向き合う時間でもありました。

    そして私は、ずっとやりたかったことを始めました。

    MacBook Airを購入して、ブログを書くことです。

    実は子育て中から、

    「いつか自分の人生を言葉にしてみたい」

    そんな思いが心のどこかにありました。

    でも毎日は忙しく、

    仕事や家事、子育てに追われ、

    自分のことはいつも後回しでした。

    だから今こうしてブログを書いていることが、とても不思議です。

    そしてブログを書くために、老眼鏡も作りました。

    最初は少し抵抗もありました。

    でも眼科へ行き、メガネ屋さんへ行き、

    「読みたい」

    「書きたい」

    という気持ちを大切にしてみました。

    さらにスマホも新しくしました。

    最新機種ではありません。

    でも私には十分です。

    新しいスマホで写真を撮り、

    本を読み、

    ブログを書き、

    少しずつ新しい毎日を楽しんでいます。

    若い頃なら当たり前だったことかもしれません。

    でも今の私にとっては、

    どれも自分のために選んだ大切な一歩です。

    主人を亡くしてからは、

    子どもたちのために生きてきました。

    娘のこと。

    息子のこと。

    仕事のこと。

    いつも誰かのことを考えていました。

    だから最近になって、

    「自分は何がしたいんだろう」

    と考える時間が増えました。

    本を読む。

    花を眺める。

    ブログを書く。

    そんな小さなことが、今の私にはとても新鮮です。

    もしかすると私は今、

    少しずつ自分の人生を取り戻しているのかもしれません。

    50代からの再スタート。

    不安もあります。

    戸惑うこともあります。

    でも、なかなか悪くありません。

    もし今、

    何かを始めたいと思いながら迷っている方がいたら伝えたいです。

    大きな一歩じゃなくても大丈夫。

    小さな一歩でも、

    その一歩はきっと未来につながっています。

    私もまだ途中です。

    でも、これからも自分の気持ちに素直になりながら歩いていこうと思っています🌷

  • 私がブログを書き始めた理由 🌷

    私はずっと、ブログを書いてみたいと思っていました。

    自分の人生を、自分の言葉で綴ってみたい。

    そんな気持ちが、ずっと心のどこかにあったんです。

    今思うと、やっと自分の人生と向き合えるようになってきたのかもしれません。

    主人との別れは、本当に突然でした。

    あまりにも突然すぎて、何が起こったのか理解できませんでした。

    「なんで私の主人が?」

    そんな言葉しか出てきませんでした。

    原因も分からない突然死。

    昨日まで当たり前にいた人が、もう二度と帰ってこない。

    その現実を受け入れることができませんでした。

    あの日から、私の人生は大きく変わりました。

    それまで見えていた景色が、一瞬で違う世界になってしまったような感覚でした。

    毎日が辛くて、

    先のことなんて考えられなくて、

    ただ目の前の一日を必死に生きていました。

    娘と息子を守ること。

    子どもたちを育てること。

    そのことだけを考えて過ごしていたように思います。

    あれから23年。

    振り返ると、本当にいろいろなことがありました。

    辛いこと。

    悲しいこと。

    苦しいこと。

    何度も立ち止まりました。

    主人との突然の別れ。

    シングルマザーとしての子育て。

    娘の適応障害。

    そして最近では、娘の巣立ち。

    その時その時で、

    「もう無理かもしれない」

    そう思ったことも一度や二度ではありません。

    主人を亡くした頃は、

    この悲しみはいつまで続くんやろ。

    私はちゃんと生きていけるんやろか。

    そんなことばかり考えていました。

    そして23年経った今。

    娘が巣立ち、また違う形の寂しさを感じています。

    人生って不思議ですね。

    乗り越えたと思ったら、また新しい出来事がやってくる。

    そのたびに悩んで、迷って、立ち止まってしまうこともあります。

    でも不思議なことに、

    人は少しずつ前へ進めるんですね。

    今こうして自分の人生を振り返れるのも、

    心の整理が少しずつできてきたからなのかもしれません。

    そして最近、ふと思うのです。

    もし23年前の私に会えるなら、

    こう伝えてあげたい。

    「大丈夫やで。」

    「今は信じられへんくらい辛いけど、ちゃんと生きていけるよ。」

    「笑える日も来るよ。」

    「悲しみは消えへんけど、前を向ける日が来るよ。」

    と。

    だから私はブログを書いています。

    私と同じ経験をしてほしいわけではありません。

    もちろん、そんなことは決して思いません。

    でも、生きていると誰にでも辛いことや悲しいことがあります。

    内容は人それぞれ違います。

    私よりもっと大変な経験をされている方もいるでしょう。

    違う悩みや不安を抱えている方もいると思います。

    だからこそ、

    「私だけじゃないんやな。」

    「こんなに辛いことがあっても、少しずつ前に進んでいる人がおるんやな。」

    そんなふうに感じてもらえたら嬉しいです。

    そして、

    「今日だけはもう少し頑張ってみようかな。」

    「少しだけ前を向いてみようかな。」

    そう思える小さなきっかけになれたら、もっと嬉しいです。

    Belle Shionは、私の人生そのものです。

    嬉しかったことも、

    悲しかったことも、

    乗り越えてきたことも、

    まだ乗り越えられていないことも、

    ありのまま綴っていきたいと思っています。

    これからもBelle Shionで、自分の人生を少しずつ綴っていこうと思います🌷

  • 自由という感覚を忘れていました 🌷

    最近になって、私はあることに気づきました。

    自由という感覚を忘れていたのです。

    主人を亡くしてからは子育てに必死でした。

    仕事をして、

    家事をして、

    子どもたちのことを考える。

    それが当たり前の日々でした。

    娘の体調を気にかけ、

    息子のことを心配し、

    いつも誰かのために動いていました。

    それが嫌だったわけではありません。

    むしろ、大切な人たちのために過ごした時間は、今でも私の宝物です。

    でも気がつけば、

    私は長い間、自分のことを後回しにしていました。

    そして今、

    娘が巣立ちました。

    息子も大人になりました。

    ふと周りを見渡すと、

    私は急に自由になっていたのです。

    でも正直に言うと、

    私は戸惑いました。

    自由って、もっと嬉しいものだと思っていました。

    好きなことができる。

    好きな場所へ行ける。

    自分の時間を持てる。

    それなのに私は、

    「何をしたらいいんやろう。」

    と立ち止まっていました。

    長い間、誰かのために生きてきたので、

    自分のために時間を使うことが分からなくなっていたのです。

    娘が家にいた頃は、

    「今日は何が食べたい?」

    「体調どう?」

    「お薬飲んだ?」

    そんなことを考えるのが日課でした。

    娘が巣立った今も、

    「ちゃんとお薬飲んでるかな。」

    「気持ちは落ち着いてるかな。」

    と心配しています。

    心配することが私の日常になっていたのだと思います。

    だから突然自由になっても、

    その自由をどう使えばいいのか分かりませんでした。

    でも最近、

    少しずつ変わってきました。

    公園を散歩する。

    花を眺める。

    本を読む。

    ブログを書く。

    そんな小さな時間が、とても心地よく感じるのです。

    もしかすると私は今、

    人生で初めて自分自身と向き合っているのかもしれません。

    まだ戸惑いはあります。

    寂しさもあります。

    でも焦らなくていい。

    少しずつでいい。

    それが最近の私の答えです。

    自由とは突然手に入るものではなく、

    少しずつ慣れていくものなのかもしれません。

    主人を亡くし、

    子どもたちを育て、

    気がつけば何十年も誰かのために生きてきました。

    だから急に

    「今日から自分の好きにしてください。」

    と言われても戸惑うのは当たり前なのかもしれません。

    今の私は、

    本を読んだり、

    散歩をしたり、

    ブログを書いたりしながら、

    少しずつ新しい自分を探している途中です。

    まだまだ不安になる日もあります。

    寂しくなる日もあります。

    でも、それでいい。

    焦らず、

    ゆっくり、

    自分のペースで歩いていこうと思います。

    50代からの人生も、なかなか悪くない。

    そんなふうに思える日が少しずつ増えてきました。

    私もまだ途中です。

    でも、これからは少しずつ自分の人生も楽しんでみようと思っています🌷

  • 孤独という言葉に出会いました 🌷

    頭痛が少し落ち着き始めた頃、私は少しずつ散歩をするようになりました。

    それまでは家で横になっていることが多く、外へ出る気力もありませんでした。

    娘が巣立ってから、私は想像以上の寂しさを感じていました。

    息子は同居しています。

    決して一人暮らしではありません。

    それなのに、家の中が妙に静かに感じるのです。

    夕飯の支度をしていても、

    テレビを見ていても、

    ふと娘のことを思い出していました。

    「今ごろ何してるかな。」

    そんなことばかり考えていました。

    娘が家にいた頃、私はいつも娘のことを心配していました。

    「今日は体調どうかな。」

    「ちゃんとご飯食べてるかな。」

    「お薬飲んだかな。」

    娘が笑っていると私も嬉しい。

    娘がしんどそうだと私も苦しい。

    そんな毎日でした。

    正直に言うと、少し疲れていた時もありました。

    休職中は娘と四六時中一緒に過ごしていたので、

    時には「少し一人になりたいな」と思うこともありました。

    でも不思議なことに、娘が巣立ってからも心配はなくなりませんでした。

    今度は目の前に娘がいないのです。

    「ちゃんとお薬飲んでるかな。」

    「気持ちは落ち着いてるかな。」

    「しんどい思いをしていないかな。」

    姿が見えない分、あれこれ想像してしまうのです。

    今思うと、私は娘のことを心配することが日常になっていたのかもしれません。

    だから娘が巣立った後、

    寂しさだけでなく、自分の気持ちの置き場所が分からなくなっていたのだと思います。

    娘がいなくなったというより、

    娘を気にかけ、心配し、見守ることが私の日課になっていた。

    その時間が突然なくなったことで、

    心にぽっかり穴が空いたような感覚になったのかもしれません。

    福岡へ会いに行き、元気な姿を見て安心したはずなのに、

    帰ってくるとまた寂しくなってしまう。

    自分でも不思議でした。

    そんなある日、本屋さんへ立ち寄った時に一冊の本が目に入りました。

    『ほどよく孤独に生きてみる』

    という本です。

    私は思わず立ち止まりました。

    「孤独」

    という言葉が胸に刺さったのです。

    正直に言うと、私は孤独という言葉が少し苦手でした。

    主人を亡くした時も孤独を感じました。

    娘が巣立った今も、どこか似たような寂しさを感じています。

    だからこそ、この本を手に取ったのかもしれません。

    本の帯には、

    「人間関係は、なければ寂しく、あれば煩わしいものですね。」

    と書かれていました。

    思わず、

    「ほんまにそうやな。」

    と笑ってしまいました。

    娘が家にいた頃は心配していました。

    時には疲れたと感じることもありました。

    それなのに巣立ったら今度は寂しい。

    人って勝手なものですね。笑

    でも、それが親というものなのかもしれません。

    今、私はリビングのソファで一人読書をしています。

    数ヶ月前の私なら考えられなかったことです。

    孤独は寂しいものだと思っていました。

    でも、この本を読みながら少し考え方が変わってきています。

    孤独とは、自分と向き合う時間なのかもしれない。

    自分の心の声を聞く時間なのかもしれない。

    主人を亡くしてからは子育てに必死でした。

    父親の役目も母親の役目も、私なりに精一杯やってきたつもりです。

    気がつけば、誰かのために生きることが当たり前になっていました。

    だから最近になって気づいたのです。

    私は「自由」という感覚を忘れていたのかもしれない、と。

    本を読んでもいい。

    散歩をしてもいい。

    花を眺めてもいい。

    そんな時間が、今の私にはとても新鮮です。

    もし今、何かの事情で寂しさを抱えている方がいたら伝えたいです。

    焦らなくて大丈夫。

    無理に元気にならなくても大丈夫。

    私もまだ途中です。

    でも、これからは少しずつ自分の人生も楽しんでみようと思っています🌷