福岡からの帰りの新幹線の中で、私は強い寂しさを感じていました。
娘に会えて安心したはずなのに、離れて暮らす現実を改めて感じてしまったのです。
行きの新幹線は長く感じたのに、帰りはあっという間でした。
窓の外を流れる景色を眺めながら、娘と過ごした2日間を何度も思い返していました。
娘の笑顔。
一緒に歩いた天神の街。
他愛もない会話。
どれも幸せな時間でした。
だからこそ、離れるのが辛かったのだと思います。
そんな時、ふと主人との別れの時を思い出しました。
主人を亡くした時のあの苦しさ。
先の見えない不安。
胸にぽっかり穴が開いたような感覚。
もちろん、主人との死別と娘の巣立ちは全く違います。
娘は元気です。
新しい土地で、新しい人生を歩き始めています。
会いたくなれば会うこともできます。
それなのに、あの日の私はなぜか主人を亡くした頃の気持ちを思い出していました。
それほど娘は、私にとって大きな存在だったのだと思います。
主人を亡くした後、私は子どもたちを支えに生きてきました。
娘が4歳。
息子が2歳。
毎日を生きることに必死でした。
悲しんでいる暇もないくらい、目の前の子どもたちを育てることで精一杯でした。
娘も息子も、私にとって生きる力そのものでした。
だから娘の巣立ちは、喜ばしいことなのに寂しかった。
本当に寂しかったのです。
でも私は知っています。
あの大きな悲しみを乗り越えて、ここまで歩いてきたことを。
何度も泣いて、
何度も立ち止まって、
それでも前へ進んできたことを。
だから今回もきっと大丈夫。
少し時間はかかるかもしれないけれど、
私はまた前を向ける。
そう思えたのは、主人との別れを経験した私だからなのかもしれません。
人生にはいろいろな別れがあります。
寂しさが消えることはなくても、
少しずつ抱えながら生きていくことはできる。
新幹線の窓を眺めながら、そんなことを考えていました🌷
