投稿者: belleshion50

  • 福岡からの帰りの新幹線で思い出した主人との別れ 🌷

    福岡からの帰りの新幹線の中で、私は強い寂しさを感じていました。

    娘に会えて安心したはずなのに、離れて暮らす現実を改めて感じてしまったのです。

    行きの新幹線は長く感じたのに、帰りはあっという間でした。

    窓の外を流れる景色を眺めながら、娘と過ごした2日間を何度も思い返していました。

    娘の笑顔。

    一緒に歩いた天神の街。

    他愛もない会話。

    どれも幸せな時間でした。

    だからこそ、離れるのが辛かったのだと思います。

    そんな時、ふと主人との別れの時を思い出しました。

    主人を亡くした時のあの苦しさ。

    先の見えない不安。

    胸にぽっかり穴が開いたような感覚。

    もちろん、主人との死別と娘の巣立ちは全く違います。

    娘は元気です。

    新しい土地で、新しい人生を歩き始めています。

    会いたくなれば会うこともできます。

    それなのに、あの日の私はなぜか主人を亡くした頃の気持ちを思い出していました。

    それほど娘は、私にとって大きな存在だったのだと思います。

    主人を亡くした後、私は子どもたちを支えに生きてきました。

    娘が4歳。

    息子が2歳。

    毎日を生きることに必死でした。

    悲しんでいる暇もないくらい、目の前の子どもたちを育てることで精一杯でした。

    娘も息子も、私にとって生きる力そのものでした。

    だから娘の巣立ちは、喜ばしいことなのに寂しかった。

    本当に寂しかったのです。

    でも私は知っています。

    あの大きな悲しみを乗り越えて、ここまで歩いてきたことを。

    何度も泣いて、

    何度も立ち止まって、

    それでも前へ進んできたことを。

    だから今回もきっと大丈夫。

    少し時間はかかるかもしれないけれど、

    私はまた前を向ける。

    そう思えたのは、主人との別れを経験した私だからなのかもしれません。

    人生にはいろいろな別れがあります。

    寂しさが消えることはなくても、

    少しずつ抱えながら生きていくことはできる。

    新幹線の窓を眺めながら、そんなことを考えていました🌷

  • 公園の花が教えてくれたこと🌷

    福岡から戻ってきた私を待っていたのは、激しい頭痛との闘いでした。

    お天気が良くても頭痛。雨ならなおさら、頭が割れそう。

    朝から頭が重く、頓服を飲んでもなかなか治りません。

    気持ちも落ち着かず、仕事を休む日が続いていました。

    娘に会えたことで安心したはずなのに、再会したことで逆に娘への思いがあふれてしまったのかもしれません。

    寂しさも頭痛も消えず、

    「ここが私の踏ん張りどころなんやろうな。」

    そう思いながら過ごしていました。

    そんなある日。

    ほんの少しだけ頭痛がましになった時、私は家の近くの公園へ向かいました。

    家から2分ほどの場所にある、いつも見慣れた公園です。

    今まで何度も前を通っていました。

    でも立ち止まることもなく、ただ通り過ぎるだけでした。

    その日、私は初めてベンチに座りました。

    すると不思議なことに、少し心が落ち着いたのです。

    ふと足元を見ると、鮮やかなピンク色の花がたくさん咲いていました。

    「えっ、こんな綺麗な花が咲いてたん?」

    思わず写真を撮りました。

    それが、この写真です🌸

    今まで私は仕事と子育てに必死でした。

    主人を亡くしてからは、なおさらです。

    子どもたちを育てることに精一杯で、自分のことはいつも後回しでした。

    だから花を見て、

    「綺麗やなぁ。」

    と、こんなにゆっくり感じたのは初めてだったかもしれません。

    周りを見渡すと、木々も花壇もとても綺麗に手入れされていました。

    きっと誰かが毎日お世話をしてくださっているのでしょう。

    その優しさにも心が温かくなりました。

    芝生では小さな子どもたちが楽しそうに遊んでいました。

    その光景を見ながら、私は少しずつ前を向けるようになっていきました。

    もちろん頭痛はすぐには治りませんでした。

    医師から処方された薬も飲んでいました。

    でも、この公園で過ごした時間は確かに私を救ってくれました。

    娘の巣立ち。

    頭痛。

    寂しさ。

    色々なことが重なっていましたが、

    ここから少しずつ私の心と体は回復へ向かい始めたのです🌷

  • 娘の方が大人になってました🌷

    福岡で娘と過ごした2日間を終え、私は神戸へ向かう新幹線に乗りました。

    行きの新幹線はとても長く感じたのに、帰りはあっという間でした。

    窓の外を流れる景色を眺めながら、娘と過ごした時間を何度も思い返していました。

    すると、娘からLINEが届きました。

    「お母さん、席に座れた?」

    「今日は楽しかったね。」

    そんな言葉から始まるメッセージでした。

    そして続けて、

    「お母さんが寂しがってるの、私気づかなかった。」

    「ごめんね。」

    と書かれていました。

    さらに、

    「大人でも、あんなに泣くんやね。」

    「びっくりしたよ。」

    「お母さんに会ってから寂しくなって、涙が止まらない。」

    そんな言葉もありました。

    私はそのLINEを読みながら、新幹線の中で涙があふれてきました。

    でも同時に、少し反省もしていました。

    娘は結婚し、新しい生活を始めようと頑張っているところです。

    そんな大切な時に、私は取り乱して泣いてしまいました。

    娘を安心させるどころか、心配をかけてしまったのではないか。

    そんな気持ちになったのです。

    私は娘に、

    「少しずつ慣れようね。」

    「お母さんも子離れしなあかんね。」

    「今日は会えて安心したよ。ありがとう。」

    「お買い物楽しかったね。また一緒に行こうね。」

    と返信しました。

    そして最後に、

    「また会いに行くね。」

    と送ると、娘から返ってきた言葉は意外なものでした。

    「あかん。1年は会わないでおこう。」

    私は思わず笑ってしまいました。

    でも、その言葉の奥には娘の強い気持ちがあったのだと思います。

    新しい土地で、新しい生活を築いていく。

    自分の足で前へ進もうとしている。

    そんな覚悟のようなものを感じました。

    その時、私は思いました。

    「あぁ、この子は本当に大人になったんやな。」

    と。

    娘の方が、私よりもずっと前を向いていたのかもしれません。

    そして、その時ふと思ったのです。

    私は若い頃、自分の親の気持ちをどれだけ理解していただろうか、と。

    親の心子知らず。

    本当によく言ったものです。

    親は子どもの幸せを願いながら、寂しさも抱えています。

    でも子どもは、自分の未来へ向かって歩いていく。

    それは決して冷たいのではなく、親が愛情をかけて育てた証なのかもしれません。

    今の娘には、私の寂しさの全ては分からないと思います。

    でも、それでいいのだと思います。

    いつか娘も人生の節目を迎えた時、少しだけ親の気持ちを思い出してくれたら嬉しいなと思います。

    寂しさは今もあります。

    でも娘が自分の人生を歩き始めたことを、母として応援していこうと思います。

    それが、私なりの子離れの第一歩なのかもしれません🌷

  • 福岡で過ごした2日間🌷

    娘と再会した私は、まず新居へ向かいました。

    「ここで暮らしているんやね。」

    娘の部屋へキャリーケースの荷物を運び入れ、少し落ち着きました。

    部屋を見渡しながら、私は不思議な安心感に包まれていました。

    娘の声。

    娘の笑顔。

    私への優しさ。

    何気ない会話。

    そんな当たり前だった時間が、私の心を少しずつ落ち着かせてくれました。

    夕方になると、仕事を終えた娘の旦那さんが帰宅しました。

    「一緒に夕飯を食べましょう。」

    そう声をかけていただき、3人で食事へ出かけました。

    平日だったこともあり、食事は早めに切り上げました。

    翌日は娘と待ち合わせをして買い物へ行く約束をしていたからです。

    次の日、娘と天神で待ち合わせをしました。

    久しぶりに娘と並んで歩きながら買い物をしていると、神戸で一緒に出かけていた頃を思い出しました。

    「どれがいい?」

    「好きなの選び。」

    そんな会話をしながら、必要なものを買い揃えていきました。

    気がつけば荷物は持ちきれないほどになっていました。

    それでも私は嬉しかったのです。

    娘の新しい生活を少しでも応援したかったから。

    楽しい時間はあっという間でした。

    私が帰る時間が近づき、そろそろ家を出ようとした時でした。

    娘が突然、

    「お母さん」

    と言って抱きついてきました。

    「お母さんと会えなくなるね。」

    その言葉に、私も娘を抱きしめ返しました。

    「お買い物、楽しかったね。」

    「また行こうね。」

    そう話しながら、二人で博多駅へ向かいました。

    駅では娘の好きなモンブランケーキを買い、新居で使うトイレマットも一緒に選びました。

    そんな何気ない時間が、とても幸せでした。

    そして、いよいよ新幹線の時間が近づいてきました。

    改札口の前で、私はまた涙があふれてしまいました。

    「そしたらね。元気でね。」

    そう言う私に、娘も涙を浮かべながら言いました。

    「お母さん、子離れしないとね。」

    私は思わず笑いながら、

    「ほんまやね。ごめんね。お母さん、まだ子離れできてへんね。」

    と答えました。

    私は、

    「もう帰ってね。旦那さん帰ってくるよ。夕飯の用意しなあかんからね。」

    と言いました。

    そして、最後の力を振り絞るように、娘と離れる寂しさを抱えながら改札を通りました。

    改札を通った後も、私は娘の姿が見えなくなるまで何度も手を振りました。

    娘もずっと手を振ってくれていました。

    あの日の光景は、きっとこれからも忘れないと思います。

    そして私は新幹線に乗り込みました。

    窓の外を流れる景色を眺めながら、この2日間の出来事を何度も思い返していました。

    座席に座りしばらくすると、娘からLINEが送られてきました📩。

    またその内容は、後のブログで書いていきますね。

    離れて暮らすようになっても、娘と過ごした温かな時間が、これからの日々を支えてくれるとは思ってもいませんでした。

    そのぬくもりは今も私の心に残り、前を向く力になっています🌷

  • 福岡で再開した日🌷

    私は一人で新幹線に乗り込み、福岡へ向かいました。

    博多駅から地下鉄に乗り換え、娘と待ち合わせをしている駅へ向かいました。

    胸がそわそわして、ずっと落ち着きませんでした。

    今振り返ると、自分自身の体調も決して良い状態ではなかったと思います。

    頭痛は続いていましたし、心も不安定でした。

    娘に会いたい気持ちと、寂しさや不安が入り混じり、何とも言えない気持ちで改札へ向かいました。

    待ち合わせ場所で娘を待っている時間は、とても長く感じました。

    そして、エレベーターの扉が開き、娘の姿が見えました。

    その瞬間、胸の奥に溜まっていたものが一気にあふれ出しました。

    私は思わず娘を抱きしめました。

    可愛くて、愛おしくてたまりませんでした。

    周りの人の目など気にならないほど、私は娘を抱きしめながら泣いていました。

    涙が止まりませんでした。

    今こうして思い出しながら書いていても、涙が出てきます。

    娘はそんな私を見て、少し戸惑ったような表情をしていました。

    でも私は、ただ娘が元気でいてくれたことが嬉しかったのです。

    娘に会えた安心感と、

    「本当に遠くへ行ってしまったんだな」

    という寂しさが同時に押し寄せてきました。

    親になると、子どもの成長は嬉しいものです。

    自分の力で歩き、自分の人生を築いていく姿は誇らしく思います。

    でもその反面、

    毎日のように顔を見ていた子どもがいなくなる寂しさは、経験した人にしかわからないものかもしれません。

    キャリーケースの中には、娘の好きなお菓子や日用品をたくさん詰め込んでいました。

    そして、ディズニーが大好きな娘のために、リーナ・ベルのぬいぐるみも入れていました。

    「寂しいやろうから、これ持って行ってあげよう。」

    そんな気持ちで荷物を準備していたのを覚えています。

    娘はもう大人です。

    結婚して、自分の人生を歩き始めています。

    それなのに私は、どこかでまだ小さな頃の娘を見ていたのかもしれません。

    元気そうな娘の顔を見て、私は少しだけ安心することができました。

    あの日の再会は、娘のためというより、不安でいっぱいだった私自身の心を支える時間だったのかもしれません🌷

  • 娘に会いたくて福岡へ向かいました🌷

    ここ数日続く頭痛に、「何か重大な病気だったらどうしよう」という不安が膨らみ、私は神経内科を受診しました。

    診察では頭痛の頓服薬と予防薬を処方され、不安は少し和らいだものの、娘に会いたいという思いだけは消えませんでした。

    娘に会ったからといって頭痛が治るわけではありません。

    それでも私は、娘の顔を見て「元気だよ」と聞き、その声に触れることで、張りつめていた気持ちを落ち着かせたかったのだと思います。

    本音を言えば、私は娘を家に連れて帰りたいとまで思っていました。

    せっかく自分の足で巣立った娘なのに、「もう一度この家で一緒に暮らしたい」と心のどこかで願っていたのです。

    子どもの巣立ちは喜ばしいことのはずなのに、こんなにも寂しいとは思いませんでした。

    食器棚に並ぶ娘のマグカップや、きれいに片づいたままの部屋を見るたび胸が締めつけられました。

    成長を誇らしく思う気持ちと、娘の足音や笑い声が消えた静けさへの寂しさ。

    そのどちらも本当の気持ちで、自分でも整理できませんでした。

    同じように、子どもの成長を願いながらも、夕食の支度中や洗濯物をたたむ何気ない時間に、ふと空いた席へ目が向いてしまう親御さんもいるのではないでしょうか。

    誰にも言えず静かな寂しさを抱えている方がいたら、どうか「自分だけじゃない」と感じてもらえたらと思います。

    私は娘が4歳、息子が2歳の時に主人を亡くしました。

    それからは子どもたちと3人で歩んできた人生でした。

    嬉しいことも、苦しいこともたくさんありましたが、いつも子どもたちの存在が私を支えてくれました。

    だからこそ、娘が結婚して巣立った時、想像以上の寂しさに包まれたのかもしれません。

    そんな私に息子は、

    「お母さん、会ってきたらええやん😊」

    「お姉ちゃんの顔、見ておいで」

    と声をかけてくれました。

    私は返事をしようとしましたが、喉の奥が詰まって声が出ませんでした。

    息子の背中に顔をうずめると、シャツの布地がじんわり濡れていくのがわかりました。

    息子は「そんなに我慢しとったん?」と小さく笑い、何も言わずそのまま立っていてくれました。

    私は肩を震わせながら、途切れ途切れに娘のことを話しました。

    受診を終えた私は、処方された薬を手に娘の住む福岡へ向かうことにしました。

    新神戸駅から博多駅までの新幹線。

    当時の私は気持ちに余裕がなく、自分で切符を取ることさえできませんでしたが、息子がスマホで予約してくれました。

    「ほら、これで大丈夫」

    そう言って画面を見せる息子の横顔を見ながら、私は何度もうなずきました。

    あの頃は娘のことばかり考えていましたが、振り返れば息子もまた私を支えてくれていたのだと感じます。

    親はいつまでも子どもを支える存在だと思っていました。

    でも気がつけば、落ち込んで動けなくなった私の隣で、息子が黙って切符を手配し、背中をさすってくれていました。

    そのことに気づいた時、胸の奥に温かいものが広がりました。

    こうして私は、息子の優しい後押しを受けながら福岡へ向かいました。

    あの頃の私は、娘に会いに行くつもりでした。

    でも今振り返ると、本当に会いたかったのは「安心したかった自分自身」だったのかもしれません。

    福岡で娘と再会した時間は、私にとって忘れられない大切な時間となりました🌷

  • まずは自分の心と体を整えようと思いました🌷

    娘が結婚して家を出てから、2週間ほど経った頃でした。

    私は、それまで経験したことのないような強い頭痛に悩まされるようになりました。

    痛みが強すぎて、このままでは体がもたないと感じるほどでした。

    私は登録制の仕事をしており、週に3〜4日ほど働いていました。

    ですが、この体調で仕事へ行けば周りの方に迷惑をかけてしまうかもしれない。

    そして、自分自身も倒れてしまうかもしれない。

    そう思い、急きょしばらく仕事を休ませてもらうことにしました。

    正社員ではないため、

    「このまま休んで、次の仕事はあるのだろうか」

    そんな不安も頭の片隅にはありました。

    それでも、その頃の私は家から出ることさえ難しい状態でした。

    今は仕事よりも、自分の心と体を守ることを優先しよう。

    そう決めたのです。

    というより、私の心はすでに悲鳴をあげていました。

    娘のことが心配でたまらず、心が大きく揺れていました。

    涙が止まらない日もありました。

    なんだか落ち着かず、そわそわしてしまう。

    「もうこのまま会えないの?」

    「本当に家を出て行ってしまったんだ…」

    そんな思いが後から後から込み上げてきました。

    そして頭痛はさらに強くなっていきました。

    頭を中心に全身がズキズキと痛み、胸はドキドキと高鳴り、不安でいっぱいになりました。

    今思い返しても、本当に怖かったです。

    このままではいけないと思い、私は神経内科を受診することにしました。🌷

  • 子供が巣立った後に感じた喪失感🌷

    2026年4月、娘が結婚して家を巣立ちました。

    最初は、「夕飯を作らなくてもいいし、少し楽になるかな」

    なんて思っていました。

    でも、そんな気持ちはほんの数日だけでした。

    娘とはよくランチへ出かけたり、買い物へ行ったりしていました。

    娘が仕事のストレスで体調を崩していた時期は、一緒に過ごす時間も長く、それが私たち親子の日常になっていました。

    だからこそ、娘が結婚して家を出た後、その日常が突然なくなってしまったことに戸惑いました。

    家の中は静かで、どこかぽっかり穴が開いたような感覚。

    娘の姿が見えないだけで、こんなにも寂しいものなのかと、自分でも驚きました。

    そして、その頃から私の体にも変化が現れました。

    以前から天気の変わり目には頭痛があり、市販薬を飲めば治まっていました。

    ところが、その時の頭痛は今までとはまったく違いました。

    痛みが強く、動くこともつらく布団の中で痛みに耐えてました。

    今思えば、娘が巣立ったことによる大きな喪失感や不安が、心だけでなく体にも影響していたのかもしれません。

    まずは自分の心と体を整えなければ。

    そう思いながら、一日一日を過ごしていました。🌷

  • 娘の休職と、親子で過ごした大切な時間🌷

    娘は仕事のストレスで体調を崩し、しばらく休職していた時期がありました。

    娘にとっては、本当に苦しくて辛い時期だったと思います。

    仕事をしたい気持ちはあるのに思うように働けない苦しさ。

    心が疲れ切っているのに、その辛さを周囲に理解してもらえない苦しさ。

    将来への不安や焦りもあったと思います

    親の私も、そんな娘にどう接したらいいのか分からず、戸惑う日々が続いていました。

    励ました方がいいのか、そっと見守った方がいいのか。

    何気ない言葉でさえ娘を傷つけてしまうのではないかと悩み、親としての無力さを感じることもありました。

    当時は先の見えない不安もありましたが、今振り返ると、その時間は私たち親子にとってとても大切な時間だったと思います。

    私自身も長年続けてきた仕事中心の生活から少し離れ、娘の療養にあわせて仕事を減らしました。

    慌ただしい毎日を過ごしてきた私にとって、その時間は立ち止まり、自分自身と向き合う時間でもありました。🌷

  • 50代からの人生再スタート。私がグログを始めた理由🌷

    はじめまして。Belle Shion 🌷です。

    このブログをご覧いただき、ありがとうございます。

    私はシングルマザーとして、子育てと仕事に奮闘しながら毎日を過ごしてきました。

    気がつけば50代。

    子どもたちも成長し、それぞれの人生を歩み始めました。

    嬉しい気持ちがある一方で、私の中には大きな喪失感も生まれました。

    心が辛くて、寂しくて、体調もすぐれず、落ち込む日々が続いた時期もあります。

    ブログを始めたい気持ちはありましたが、その前にまずは自分の心と体を整えなければと必死でした。

    そんな時間を過ごしながら、少しずつ前を向けるようになり、「これからの人生を自分らしく歩んでみたい」と思うようになりました。

    そして今回、新しい挑戦としてブログを始めることにしました。

    このブログでは、50代からの人生再スタート、日々の暮らし、仕事のこと、ハンドメイド、そして小さな挑戦の記録を綴っていきたいと思います🌷

    同じように人生の転機を迎えている方や、新しい一歩を踏み出そうとしている方に、少しでも寄り添える場所になれたら嬉しいです。

    どうぞよろしくお願いいたします🌷